56 三位一体主日後第20主日(10-4_10-10) 〔テーマ:教会〕

2015年06月03日 22:53

三位一体主日後(10・4~10)〔第20主日〕(テーマ:教会)

 

(呼びかけ)

目に見えない公同・普遍の教会の頭(かしら)なる主イエス・キリストの父なる神様。

(頌栄)

 あなたは、教会の頭(かしら)なるキリストの下(もと)に、地上と天上を貫き、過去・現在・未来の全歴史を通して、選ばれた者の全員を集めて、一つになさいます。主イエスは「羊は一人の羊飼いに導かれ、一つの群れになる(ヨハネ10・16)」とおっしゃいました。「教会はキリストの体であり、すべてにおいてすべてを満たしている方の満ちておられる場です(エフェ1・23)」。私たちは、聖なる公同の教会を信じ、あなたを崇めます。

(感謝)

 あなたは、私たちをキリストのからだなる目に見えない教会に接ぎ木して下さいました。主イエスは「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ」とおっしゃいました。そして私たちを神の家また家族として下さいました。

主イエスは私たちを兄弟と呼ぶことを恥としないで、「『わたしは、あなたの名をわたしの兄弟たちに知らせ、集会の中であなたを賛美します』と言い、また、『わたしは神に信頼します』と言い、更にまた、『ここに、わたしと、神がわたしに与えてくださった子らがいます』と言われます(ヘブ2・11~13)」。

このように私たちを徹底的に愛し抜いて下さる図りがたい恵みを心より感謝いたします。

(告白)

しかし、私たちは、この目に見えない教会を具体的に現わすために、信仰告白と教会政治と善き生活をもって現わそうと努めて来ました。しかし、私たちには、自分の教会が他の教会より純粋だと誇ってしまう弱さがあります。目に見える教会の建物の立派さや組織の堅牢さ、様々な活動を他の教会と見比べて、優れた点を見つけると優越感にひたって他の教会を見下し、しかも、それを、さも自分自身の信仰のりっぱさと勘違いすることさえあります。反対に、劣った点を見つけると劣等感にさいなまれて羨(うらや)みます。この愚かな僕をお赦し下さい。

(赦罪)

 しかし、主イエスは、十字架で肉を裂き、その血によって、私たちを買い取り、からだなる教会に接ぎ木して下さいました。その私たちに対して、主イエスは「わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる。陰府の力もこれに対抗できない(マタ16・18)」とおっしゃって、神の御意志に従って礼拝する教会を常に地上に存在させ続けて下さいます。

(歎願・執成し、祈願)

主イエス・キリストとその御霊は、説教と礼典と祈りを有効に、また効果的に用いて牧会なさいます。それゆえ、願わくば、教会に連なり、主イエスの御前にへりくだって、恵みの手段である説教と礼典と祈りに真摯にあずかり、兄弟姉妹と共に手を取り合い、信仰の生涯を全うさせて下さい。

願わくば、主イエスの聖霊の力によって、私たちの心と思いを開いてください。聖書が朗読され、あなたの御言葉が宣言されるとき、私たちは喜びをもって、今日、私たちにあなたが語って下さる御言葉に聞き従うことが出来るようにして下さい。

 病のため、高齢のため、また、やむを得ずして、この礼拝に出席できない兄弟姉妹に慰めと平安を与え、一時(ひととき)でも主を仰ぐことが出来るように導いて下さい。

旅の内にある兄弟姉妹、他住の兄弟姉妹、全世界の各地で困難を覚えておられる兄弟姉妹をお守り下さい。

(結び)

 主イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン。