09 降誕日後第2主日(1-2_1_5) 〔テーマ:受肉した御言葉としての主イエス〕

2015年06月03日 14:48

降誕日後第2主日(1・2~5) 〔テーマ:受肉した御言葉としての主イエス〕

 

(呼びかけ)

 主イエス・キリストによってご自身の栄光をあざやかに示された、全能の父なる神様。

(頌栄)

あなたは、受肉した御言葉である新しい光で、私たちを照らしてくださいました。

 闇の中を歩む民は大いなる光を見た。深い闇の地に住む人の上に光が輝いた(イザヤ9・2)。

(感謝)

主イエスはおっしゃいました。「わたしは世の光である。わたしに従う者は暗闇の中を歩かず、命の光を持つ(ヨハ8・12)」。この光なる主イエス・キリストが、私たちの心のうちに宿って、闇の中を歩み、深い闇の地に住む私たちの人生に輝きを与えて下さいました。ここに、すべての人々に救いをもたらす神の恵みが現れました(テト2・11)。心より感謝いたします。

(告白)

 始祖アダムは、この「年を経たあの蛇」の誘惑に負けて、堕落しました。私たちも、その子孫です。光が世に来たのに、……その行いが悪いので、光よりも闇の方を好(ヨハ3・19)みました。私たちは、滅びの子でした。

(赦罪)

 しかし、始祖アダムが堕落した、まさにその時、主なる神は「年を経たあの蛇」に対して「お前と女、お前の子孫と女の子孫の間に、わたしは敵意を置く。彼はお前の頭(あたま)を砕き、お前は彼のかかとを砕く(創3・15)」と呪いの宣言をなさいました。

時満ちて、主イエスは「悪魔でもサタンでもある、年を経たあの蛇、つまり竜(黙20・2)」を打ち倒すために、肉となって世に来て下さいました。高いみ座(ざ)を捨てて、貧しい人の子となって、降(くだ)って来られました。「年を経たあの蛇」の頭(あたま)を砕くため、主イエス・キリストは来られました。

十字架において「年を経たあの蛇」は「『人の子』のような者」である主イエス・キリストの「かかとを砕」きましたが、致命傷には至りませんでした。かえって「人の子」のような者である主イエス・キリストが「年を経たあの蛇」の「頭(あたま)を砕き」、死を打ち破り、ご復活を成し遂げ、栄光の雲に乗って「日の老いたる者」である父なる神のみもとに進み、権威、威光、王権を受け(ダニ7・14)、天の御座にお着きになりました。「諸国、諸族、諸言語の民は皆、彼に仕え、彼の支配はとこしえに続き、その統治は滅びることが(ダニ7・14)」ありません。まことに、主イエス・キリストのご降誕を感謝いたします。

(歎願・執成し、祈願)

 私たちは、以前には暗闇でしたが、今は主に結ばれて、光と(エフェ5・8)して下さいました。それゆえ、私たちを「光の子として歩(エフェ5・8)」ませて下さい。私たちを「世の光(マタ5・14)」として下さい。私たちの「光を人々の前に輝かし(マタ5・16)」、人々が、私たちを見て、天の父をあがめる(マタ5・16)ようにして下さい。

 主イエス・キリストは、聖霊によって、今も私たちと共にいて下さり、私たちを贖(あがな)い、永遠(とこしえ)の幸(さいわ)いを与えて下さいます。

今日も、御言葉の光で、私たちの心を照らし、御言葉の恵みで、満たして下さい。

 病のため、高齢のため、また、やむを得ずして、この礼拝に出席できない兄弟姉妹に慰めと平安を与え、一時(ひととき)でも主を仰ぐことが出来るように導いて下さい。

旅の内にある兄弟姉妹、他住の兄弟姉妹、全世界の各地で困難を覚えておられる兄弟姉妹をお守り下さい。

(結び)

 主イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン。