08 主イエスの命名日(1-1) 〔テーマ:弱さを担われた主イエス〕

2015年06月03日 14:46

主イエス・キリストの命名日(1・1) 〔テーマ:弱さを担われた主イエス〕

〔降誕日後第1主日の場合もこれを用いる〕

(呼びかけ)(頌栄)

 「神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられ(フィリ2・6、7)」た主イエス・キリストの父なる神様。あなたの御名をほめたたえます。

 主イエスが天から下って来られ、処女(おとめ)マリアの胎に宿られただけではなく、人間に命じられた「割礼」までお受けになり、人間と同じ名前まで付けられたとは、どういうことでしょうか。

 主イエスは「八日たって割礼の日を迎えたとき、……イエスと名付けられ(ルカ2・21)ました。罪はお持ちになりませんでしたが、私たち人間の弱さをご自身に引き受けられました。

私たちは、人間の弱さそのものである「血と肉を備えているので、イエスもまた同様に、これらのものを備えられました。それは、死をつかさどる者、つまり悪魔を御自分の死によって滅ぼし、死の恐怖のために一生涯、奴隷の状態にあった者たちを解放なさるためでした(ヘブ2・14、15)」。

主「イエスは、神の御前において憐れみ深い、忠実な大祭司となって、民の罪を償うために、すべての点で兄弟たちと同じようにならねばならなかったのです。事実、御自身、試練を受けて苦しまれたからこそ、試練を受けている人たちを助けることがおできになるのです(ヘブ2・17、18)」。

(感謝)

 主イエスによって現された計り知ることの出来ない、大いなる知恵をほめたたえ、私たちに与えられた深い憐れみとご配慮を、心から感謝いたします。

(告白)

 しかし、主イエスが私たちの痛みも辛(つら)さも全部ご存じの上で、すべてを御配慮下さっていますのに、私たちは、しばしば、主イエスが何も理解して下さらないかのように不平不満をぶつけてしまいます。この愚かな私たちをお赦し下さい。

(赦罪)

 主イエスは、このような私たちであるがゆえに、私たちの弱さと同じになって、私たちの弱さをになって、十字架にまでおつきになりました。主なる神は、このようにして、主イエスを罰することによって、私たち人間の始祖アダムの罪を罰せられました。それによって、主なる神は、私たちには、罪の赦しと祝福とを与えて下さいました。

(歎願・執成し、祈願)

 それゆえ、願わくば、これほどに、私たちの弱さを担い、私たちと同じになって下さった主イエスをわが身とするほどに、親子や血を分けた兄弟姉妹以上に、心からの信頼を寄せることができるようにして下さい。主イエスの「だれでも、わたしの天の父の御心を行う人が、わたしの兄弟、姉妹、また母である(マタ12・50)」との言葉を心より受け入れることが出来るようにして下さい。

 病のため、高齢のため、また、やむを得ずして、この礼拝に出席できない兄弟姉妹に慰めと平安を与え、一時(ひととき)でも主を仰ぐことが出来るように導いて下さい。

旅の内にある兄弟姉妹、他住の兄弟姉妹、全世界の各地で困難を覚えておられる兄弟姉妹をお守り下さい。

(結び)

 主イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン。