06-04受難週祈祷礼拝 ヨハネによる福音書による

2015年06月20日 21:00

受難週祈祷礼拝 0月00日(金)午後2時

                       司 式 

 

前  奏 「イエスが十字架にかかり」 ハインリッヒ・バッハ

頌  栄   541

主の祈り (564)

聖  書    ヨハネによる福音書 18章28~38節a

祈  祷(一同、祈祷1)

讃美歌    140(いのちのいのちに)

聖  書    ヨハネによる福音書 18章38b~19章16節a

祈  祷(一同、祈祷2)

聖  書    ヨハネによる福音書 19章16b~27節

祈  祷(一同、祈祷3)

讃美歌   136(血潮したたる)

聖  書    ヨハネによる福音書 19章28~30節

祈  祷(一同、祈祷4)

聖  書 〔説教の聖書箇所〕

説  教 「」

祈  祷

讃美歌    143(十字架をあおぎて)

頌  栄   544

祝  祷

 

 

祈祷1                                          司=司式者、会=会衆

 

司  (あわ)れみ(ふか)(ちち)なる神様(かみさま)

   あなたは(ひと)()をさえ()しまないで、

   (わたし)たちのために()(わた)され、

  十字架(じゅうじか)(うえ)(わたし)たちの(つみ)()うて(くだ)さいました。

   この受難(じゅなん)(しゅう)に、(わたし)たちも、()言葉(ことば)(うなが)されながら、

  十字架(じゅうじか)への(みち)(あゆ)んでまいりました。

会   いよいよ、(しゅ)イエス(さま)十字架(じゅうじか)(おぼ)える(とき)となりました。

       この受難(じゅなん)(しゅう)()こった(ひと)(ひと)つを、もう(いち)()()(かえ)り、

     (こころ)にとめるわきまえを(あた)えて(くだ)さい。

   (しゅ)イエス(さま)(なん)のためにエルサレムに(はい)られたか。

   どうして(みや)(きよ)めをなさったのか。

   最後(さいご)晩餐(ばんさん)(せき)でのユダの(うら)()りや、

   ゲツセマネで(なが)された(しゅ)イエス(さま)()のような(あせ)を、  

  (わたし)自身(じしん)(つみ)のためであると、()けとる(こころ)(あた)えて(くだ)さい。

司   (わたし)たちは、この()

  (かみ)(あい)そのものである(しゅ)イエス(さま)(たい)して

  「十字架(じゅうじか)につけよ」と(さけ)び、

  (しゅ)イエス(さま)十字架(じゅうじか)()(わた)すことによって、

  (わたし)たちへの(めぐ)みに(むく)いてしまいました。

会   (いま)、この(とき)(しゅ)イエス(さま)十字架(じゅうじか)(くる)しみを(おも)い、

  (みずか)らを(たの)しませる欲望(よくぼう)退(しりぞ)け、

  すべての誘惑(ゆうわく)から、(わたし)たちを(たす)()して(くだ)さい。

   そして、(わたし)たちを(つみ)から()(はな)ち、自由(じゆう)(よろこ)び、

  感謝(かんしゃ)賛美(さんび)()たせて(くだ)さい。

司・会  (しゅ)イエス・キリストの御名(みな)によって、お(いの)りいたします。

    アーメン。

 

 

祈祷2                                          司=司式者、会=会衆

 

司   (しゅ)イエス・キリストの(ちち)なる神様(かみさま)

   兵士(へいし)たちは、(しゅ)イエス(さま)(いばら)(かんむり)をかぶらせ、

  (つば)()きかけ、(あなど)りました。

   しかし、(しゅ)イエス(さま)は、(くち)(ひら)かず、(もく)して、

  ただただその(あなど)りに()えて(くだ)さいました。

   (しゅ)イエス(さま)は、(あなど)られた(おう)として、

  (わたし)たちと(おな)(やみ)(なか)()って(くだ)さいました。

会  この兵士(へいし)たちは、まさに(わたし)たちそのものです。

    どうか、(わたし)たちをお(ゆる)(くだ)さい。

   (いま)(しゅ)イエス(さま)(ふか)(たし)かな(めぐ)みによって、

  (わたし)たちのかたくなな(こころ)(くだ)き、(つみ)()(ほろ)ぼして、

  (しゅ)自身(じしん)(おう)として(わたし)たちの(こころ)占領(せんりょう)し、君臨(くんりん)して(くだ)さい。

   (わたし)たちを(しゅ)イエス(さま)祝福(しゅくふく)(なか)()たせて(くだ)さい。

司・会  (しゅ)イエス・キリストの御名(みな)によって、お(いの)りいたします。

    アーメン

 

 

祈祷3                                          司=司式者、会=会衆

 

司   (しゅ)イエス・キリストの(ちち)なる神様(かみさま)

   (しゅ)イエス(さま)は、ついに、十字架(じゅうじか)におつきになりました。

   それは、(わたし)たちの(しゅ)(たい)する(あい)(はる)かに(まさ)った(たし)かな、

  そして(おお)きな(あい)によるものです。

会  (ねが)わくは、(わたし)たちを、神様(かみさま)(あい)()かして(くだ)さい。

   (わたし)たちが信仰(しんこう)によって、あなたの(あい)()かされていることを、

  (いま)(かた)(しん)じることができますように。

   ただ十字架(じゅうじか)にこそ、(わたし)たちのいのちを()させて(くだ)さい。

   その永遠(えいえん)のいのちの(ひかり)(なか)で、日々(ひび)()きる(さいわ)いを、

  どうぞ(わたし)たちに、(ふか)(さと)らせて(くだ)さい。

   この(めぐ)みから(とお)(はな)れている(もの)にも、

  どうぞあなたの(ひかり)(とど)けられますように。

司・会  (しゅ)イエス・キリストの御名(みな)によって、お(いの)りいたします。

    アーメン。

 

 

祈祷4                                          司=司式者、会=会衆

 

司   (しゅ)イエス・キリストの(ちち)なる神様(かみさま)

   (わたし)たちは、(いま)まで、刻々(こくこく)(せま)十字架(じゅうじか)(くる)しみを、

  わがことのように(あじ)わってきました。

  御子(みこ)は、この()十字架(じゅうじか)につかれました。

  (しょう)()ごろになると、(ぜん)()(くら)くなり、3時(さんじ)(いた)りました。

   御子(みこ)は、その(とき)

  「わが(かみ)、わが(かみ)、なぜわたしをお()()てになったのですか」

  と(さけ)ばれました。

   さらに、御子(みこ)

  「(ちち)よ、わたしの(れい)をみ()にゆだねます」

  と(さけ)んで(いき)(ちち)なる(かみ)にゆだねられました。

  御子(みこ)人間(にんげん)として極限(きょくげん)()たされた(もの)姿(すがた)でした。

   そこまで、(わたし)たちの(つみ)(にな)って(くだ)さいました。

会  この「(ひと)となたれた(かみ)()」の(くる)しみを、(いま)(おぼ)えます。

   すべてこの(わたし)のためであったのです。

    しかし、(わたし)たちは、しばしば、(しゅ)十字架(じゅうじか)(さけ)びを(わす)れ、

  自分(じぶん)(くる)しみ、自分(じぶん)(なげ)きの(ほう)が、

     (しゅ)(なげ)きよりも(ふか)いかのように(おも)()んでしまいます。

      お(ゆる)(くだ)さい。

  自分(じぶん)(くる)しみ、(なげ)きに()らわれている(とき)でさえ、

  (しゅ)十字架(じゅうじか)(めぐ)みの(ひかり)が、(わたし)たちの(こころ)(ふか)くに、

すでに(とど)けられていることに、()()くことができますように。

  自分(じぶん)(あわ)れむのではなく、率直(そっちょく)に、(みずか)らの(つみ)をみ(まえ)()じ、

  その(みにく)さを(けん)()することができますように。

   しかし、それにもまさって、(しゅ)十字架(じゅうじか)が、

  (わたし)()らえて(はな)さないでいることに

()()くことができますように。

   (ねが)わくば、(しゅ)()(あと)(した)い、(しゅ)(つか)える(みち)(あゆ)ませて(くだ)さい。

司・会  (しゅ)イエス・キリストの御名(みな)によって、お(いの)りいたします。

    アーメン。